礼文島遺産ミュージアム

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先史

礼文島に残された最初のヒトの痕跡は、旧石器時代末期のことです。この時期はまだ島ではなく、北海道やサハリンと陸続きになっていました。 やがて温暖化によって周囲を海に囲まれて離島となり、縄文時代の中期後半になって最初の定住者である縄文人がやってきました。

縄文文化概要

礼文島には現在13ヶ所の縄文時代遺跡が見つかっています。 これらの遺跡の中は、古くは明治時代から知られる遺跡もあり、これまで何度も発掘調査が行われてきた遺跡も少なくありません。 中でも島の北にある上泊3遺跡、船泊遺跡、浜中2遺跡における発掘調査では、 礼文島縄文人の生活、儀礼、交易などを物語る数多くの遺構や遺物が見つかっています。

続縄文文化概要

縄文時代が終わり、本州では弥生時代に移行しますが、北海道では農耕ではなく採集・狩猟を生活の基盤とする続縄文時代へと移行します。 礼文島には現在、15ヶ所の続縄文時代遺跡が見つかっています。 時代的には大きく前半と後半に分かれますが、これまでの発掘調査では主に前半の遺物が多く出土しています。

年表

年表

上泊3遺跡

礼文島に初めて定住した縄文人が残した島で最古の集落遺跡です。 その形から円筒土器とも呼ばれる土器の特徴から、北海道南西部とのつながりが深い遺跡です。

上泊3遺跡出土遺物

船泊遺跡

礼文島における縄文時代最盛期の遺跡の1つです。 保存状態の極めて良い貝製品や骨製品、ヒスイなどの交易品など、縄文文化の北限で生きた人々の実像を伝える遺跡です。

船泊遺跡出土遺物

浜中2遺跡

縄文時代から近世アイヌ文化期まで、先史・古代・近世という複数の時代の包含層が堆積する多層遺跡です。 縄文時代では島で唯一晩期の遺物が出土しており、最後の縄文人が暮らした場所でもあります。

浜中遺跡出土遺物